京都、西陣の一角にある築100年を越える京町家。その昔、造紙や古文書を司っていた”図書寮”の場所に建つ「テラ」は、竹筆や竹製品、竹紙を使った商品を販売する「竹紙専門店」である。書画はもちろん、障子や襖、壁紙、照明など、人々の暮らしの中で、様々な姿にカタチを変えて生き続けていく竹紙商品を提供しているという同店代表、小林 亜里さんにお話を伺った。
−お店のコンセプトを教えてください
京都の町家を拠点に、人と自然と暮らしの調和を大切にする店です。「竹」という植物から手間暇かけて紙を作り、暮らしの中に生かしていくこと、それは、人と自然のよき出会いであると思っています。店名のテラ(Terra)はラテン語で「土、大地、地球」を意味する言葉です。テラが、人と自然、暮らしとモノ、作り手と使い手、誰かと誰かの、出会いの大地となることを願っています。知る人は少ないけれど、紙が自然の植物だったことを思い出させてくれる、「竹の紙」にこだわる専門店です。
−お店の立地や周辺はどのような雰囲気なのですか
西陣織で有名な西陣の一角にあり、北野天満宮からも程近い距離です。
昔に比べると数は減ったとはいえ、今でも周りは糸へんの仕事を生業とする家が多く、店の裏からも”ガッチャンガッチャン”と機織りの音が響いています。また、この地は、平安京の元の内裏の中にあり、図書寮(ずしょりょう)だったことが埋蔵文化財の調査で分かっています。図書寮は古文書を作り、造紙を司ったところで、この近くに今もある紙屋川で紙が漉かれていたそうで、「元来、紙に縁があったのかなあ」と、導かれるような運命の糸を感じたりもしています。
−お店を始めるきっかけをお聞かせください
かつては新聞社、出版社で記者編集者として働き、紙を沢山消費していました。仕事を通じて作家の水上勉氏と出会い、竹紙の魅力を教えられ、作り方の手ほどきも受けました。そして、その魅力を人に伝えていきたいと思い、1999年、京都市役所に近い京町家で店をオープンしました。以後10年忙しく走ってきましたが、2010年、もう少し暮らしと自然に近づいてゆっくり継続していきたいと思い、竹紙の店を西陣の自宅に移転し、奥嵯峨愛宕山麓の清滝の古民家にギャラリーを移しました。
−出版社の編集者時代と比べて、「紙」への意識や考え方はどのように変わりましたか
手でモノを創り出すことは楽しいことです。編集者時代は自分の周りで人やモノが沢山動いている気はしたけれど、自分自身が何かをしているという実感が少なかった気がします。竹紙作りは一から十まで見渡せる手作業です。普段は、何人かの漉き手が紙を扱っていますが、私自身が竹伐りから紙漉きまでして、襖を貼るところまで仕上げる事もあります。材料から行く末まで見渡すことで「ものづくり」の実感や感動が伴います。何より、紙に愛情がわき、「紙を大事に使いたい」と思うようになりました。
−「竹紙」の書き味や触り心地にはどんな特徴があるのですか
竹の種類や伐る時期、材料の違い、繊維のつぶし方などによって異なる竹紙が出来上がりますので一概に説明することが難しいです。細かくつぶせば、広沢のある滑らかな繊維の紙に仕上がり、書画などにも書き心地が良く、にじみも少なく墨の乗りも良いです。また、竹皮なども入れて荒く繊維を残して仕上げることもあり、こちらは野趣あるダイナミックな竹紙に仕上がります。絹布のような紙から土壁みたいな紙まで色々あります。
−竹紙の耐久性はどのくらいなのでしょうか
ランプシェードに使用する場合、電球のワット数や紙との距離さえ適切にとってあれば問題ありません。LED電球ならほぼ心配なしです。耐久性は、紙ですから永久にとは言えませんが、ランプは開店以来、15年経った今も現役で使用しています。ブックカバーは何代目かになっていますが、摩耗する使い方をしなければ、長く使えると思います。もしも破れたり痛んでしまった場合には、上から重ね張りをしたり、切ったりすることも可能です。軽くて扱いも簡単で、無駄なく最後まで使えます。
−小林さんの考える”竹紙の魅力”とはどんなどころでしょうか
まずは、「自然の植物から紙が出来ている」というのを思い出させてくれる紙であることだと思います。また、伝統的な和紙のように、決まった産地で決まった紙が継承されていないので、作る人や季節、作る時の気持ちなどによって、一律でない個性的な紙が出来るという面白さでしょうか。当店で扱う紙は、何人かの漉き手が個人個人で思う紙を漉いています。それぞれの個性や生き方が反映されているように思えることも竹紙の魅力だと感じております。
−お客様に喜ばれたことなど、お客様に関するエピソードがありましたら教えてください
以前、経済学を学んでいる中国人留学生の青年が訪ねて来て「こんなやり方では商売にならないでしょう、もっとたくさん作って加工品を工夫し、どんどん売り込まなくてはダメですよ」と言われ、気まずい雰囲気になりました。しかし、竹紙のある空間でゆっくりと話を重ね、実際に竹紙を一緒に漉くうちに、彼の意識は次第に変わり、“手漉き竹紙”のもつ暖かみやゆったりした味わい、私や人々が紙に求める精神的なものまで理解してくれるようになりました。彼は日本を去る前に、テラの事をよく理解したすてきなレポートを残してくれました。
−竹紙の制作には長い時間と手間がかかるそうですが、実際にどのくらいの時間がかかるものなのですか
初夏に竹を伐るところから始めて、半年から1年余り水に浸け込みます。そのあと、繊維だけを取り出して良く洗い、3日間程煮込みます。その後また水によく晒してアクを抜いて、木槌で2、3日叩いて繊維をつぶし、パルプ状になった竹の繊維を水に溶かして手漉きし、天日干しして乾かし仕上げます。ですから、最初から最後まで通せば半年〜1年の時間が必要ということになります。機械を使わず、水と火と時間の助けで、全て手作業でしています。
−来店したお客さんに、お店でどんな体験をしてもらいたいと考えていますか
竹紙を手に取って、様々な紙の風合いや素材感、光に漉かした繊維の様子などを見て味わってほしいです。また、当店は職住一致の自宅ですから、襖や障子、照明など、暮らしの空間の中で竹紙が実際にどのように使われているのか、実際にご覧になっていただきたいと思っています。家に遊びに来たようなつもりで、ゆっくりとお話など交わしながら、竹紙を知っていただけたらと考えています。
−お店で展覧会やイベントもされてるそうですね
清滝の築100年近い古民家をギャラリーとしていて、竹紙に限らず、版画や陶器、染織、木工など、暮らしの中に生きる文化、工藝、芸術などの展覧会や催しを開催しています。食のイベントやライブコンサートもしばしばあり、ギャラリー内にあるおくどさん(かまど)や薪ストーブを使い、料理をしたり食事を楽しむこともあります。五感に通じる「地域発信型」の暮らしの文化をご一緒に楽しみたいと思っています。
−最後に、お店で大切にしていることはどんな点でしょうか
効率的な大量生産、大量消費ではない“少量生産少量消費”、というと語弊があるかもしれませんが、手間暇のかかる竹の紙を丁寧に手作りし、本当に気に入ってくださる方に大事に使っていただきたい。その橋渡し役を目指しています。