【赤穂】主君の仇を返しに討ち入りへ!"忠臣蔵"ゆかりの地

江戸城での刃傷事件で切腹処分となった主君の仇討ちに、47人の元赤穂藩士が立ち上がる忠臣蔵。時代劇で誰もが見たことがあるこの物語の舞台となったゆかりの地を巡ってみたい。

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浪士らの主君、浅野内匠頭が治めた城

赤穂城跡

兵庫県赤穂市上仮屋1番地

47浪士らの主君であった、浅野内匠頭が藩主だったのが赤穂城。城の造りとして非常に珍しい、変形輪郭式の海岸平城である。

事件を知らせに来た2人が喉を潤したと言われる

息継ぎ井戸

兵庫県赤穂市加里屋

浅野内匠頭の江戸城での事件の一方を、大石内蔵助に伝えに走ったのが、早見藤左衛門と菅野三平。この2人が大石邸に急報を伝える際、途中で喉の乾きを癒したのがこの息継ぎ井戸と言われている。

早水籐佐衛門、萱野三平が急報を知らせに叩いた門

大石邸長屋門

兵庫県赤穂市上仮屋

大石蔵之介が浅野内匠頭の刃傷事件の第一報を聞いたのが大石邸。その長屋門は、知らせを伝えに走った早水籐佐衛門、萱野三平の2人が、実際に叩いた門だと言われている。

赤穂浪士四十七士を祀る神社

大石神社

兵庫県赤穂市上仮屋旧城内

赤穂城跡に建てられた神社で、大石内蔵助以下、赤穂浪士四十七士が祀られている。江戸時代は赤穂浪士らが表立ってたたえられることはなかったが、明治以降、赤穂と京都に赤穂浪士を祀る神社が建設された。

赤穂浪士らの墓がある寺

花岳寺

兵庫県赤穂市加里屋1992

赤穂浪士37回忌の際に、花岳寺に義士墓所が建てられた。赤穂義士の遺髪が埋められていると伝えられている。

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2013/10/07 公開